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○長居煎・著「恋々マトリョーシカ」書評



  長居煎氏の第二詩集「恋々マトリョーシカ」は、瞬間瞬間の清濁を剥く永劫への丸い刃だ。序詩から始まる26篇は、どれもが腐敗に齧られる社会への風刺に満ち、人間の存在的脱皮を促していく。
  人は産み出された瞬間まっさらな結晶であり純たる生命として、どんな芥からも隔絶されている。それは家族に、周囲に、有無を言わせぬ笑顔を湧かせて、変遷する時代の横暴を切り崩す輝きを柔和に発する。自らを思い返してみても、そこには嬉々と描き上げられた事実が確かなものとして立っている。しかし時間は非情なもので、結晶は規範に染まり人間へと濁ってしまう。すぐに朽ち果てていく強欲者が無垢を食らい続ける制度と構造の中に必ず落とされてしまうのだ。
  長居氏はレトリックを突き詰めトリックに発展させた多彩を使い世相の面を割いていく。産まれたばかりの我が子への愛情を砥ぎ石に、連綿と続いて来た不誠実を、斬り革命を叫ぶ。人間を脱ぎ革新を導くのは、一人でない強さの了承とも言えるだろう。


    「こどう/のなかの鼓動/とめどなく巡る/祈り/こえ/のそこの声/一夜で変わる/
    歴史」                                          
                                           (「恋々マトリョーシカ」)


  社会には父である自らも座っていたのかもしれない。その嘆息が見えるからこそ遊び心あふれる、氏の刃は鋭いのだ。


(詩と思想2010年6月号初出に加筆・修正)
by ayamati-hirakawa | 2010-09-07 23:04 | 喜 詩