カテゴリ:喜 詩( 20 )

日本国際詩人協会よりアンソロジー「道の詩学」発売。
私は作品「・ブールバール」で参加しています。
皆さま是非よろしく、お願いいたします。


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by ayamati-hirakawa | 2016-02-11 23:27 | 喜 詩 | Comments(0)
作品「はしゃがれる」平川綾真智
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by ayamati-hirakawa | 2013-06-29 02:50 | 喜 詩 | Comments(0)
 





    葦北みっさ
             平川綾真智






眉をしかめた溝にむらがる昨日は過熱し燃え尽きる
低くなる陽は電柱に座り帽子の余る目庇を焼いた
鼻の下が煎ってもらってから来る
お豆の、とっても中挽きな
黒いに近いへ燃されると、すぐ
二つのしこりを塊を奇妙な形のままに下げる。
道の真ん中を歩いて帰った
未遂の卵と 暮らした日々は、おしまいだ。さあ 
すっかりと 。
パッケージがレジ袋を圧する 指輪といっしょにくい込んでっくる
缶は出してみてタブは開けてみて虎縞ガードレールにめがけ
これまでの唾は吐くんだ、ぜんぶラックス
・コーヒーをすすってみれば 、
おくちににがい
にがくない


背すじが小規模に笑うんだ。かかった時間は大人の身体で
整う仕方のないことだ
電線が耳の穴を掘ってくる 、いちじくの葉っぱを貼る場所が
、ある
沸かしすぎは味が落ちるよ火を止めて
移そう適温に下げよう。
低くわだかまる茂みの茎根が触手が虎の白色を残さず隠せば
みっさなんだ、すぐ
瓶牛乳をだ巻き込み、ロゴでっだ 
まんべんっなく
皆伐の端へと転がしたのだ 


今朝から 。 毛深い夜でしかない 。
くぼむ水溜まりに街景が降ったら舗道タイルを擦過してやる
まったく春宵な豪剛毛だ。
たくしあげた部屋着の裾から
小さな膝小僧がのぞく 逃れた腿に殴打の痕が 、
紫にくすみまだ散っている。核果をひっつけた褐色の肌を
焙煎するのだ脱ぎあいみるのだ
フィルターで抽出していく血まみれの乳幼児を掬いあい
紡いだ名前が口をふさぐ。
銀指輪の漏れる砂糖へ みっさへ、私が混ざる隙間へ
熱する液状化が垂れた
両方のまぶたが目にかぶさった
厚く 、
ひろげてゆっくり間を置く淹れる淡さに照らされる
。恋
は女子のキンタマです 。



きりひらかれた柔らかい斜面が湿気になだれかかる土質をひろげつなぐ足裏に
吸いついてくる脂指の股へ舌を入れてくる 。
割れた一本道は長い
古砕アスファルトの合間に下生えが抱えた有機肥料の屑が臭くて
スチール缶は 濡れそぼる。夜は卓越する香気を、
肯定し合って、みっさと二人だ 。
絶滅するだけの個人という種が胸元をくつろげて祝福になる
黄ばむ滑らかな歯並びをたどって達して肌に育み続けて 、
去って行った 、悲しい息づかいを
いちもつ が救いあげていく 。正座した陽光は電信柱の頭から
、落ちてもつれて
臓物を吐き群生に合板に蔓に血流を塗る。内側の
吐瀉物を尾根までつないで谷あいの向こうに夕沁みをつくる。
ひどく懐かしくてたどり着けなく
みっさの旬の一瞬の
いとなみはなすすべもなく吸い飲み続け、やがて我にかえるんだろうね 。
醜悪な、えっちの片隅に人生を置く
ためらいだらけの身体にしがまれ、その時みっさは遂にっようやく、
一緒に居ちゃった その事実、が
。最大の自傷だったと気付く
樹木の感覚が広くなり、去年からの殻下生えが苔に滑り 振り回したコンビニ袋の
こよりが、ゆで卵の殻を剥く 。窓から
性器を出した、みっさは渋皮を裂き琥珀色に煮えこぼれているよ
着いたら つば帽子の身体滓から白牛乳を
噴射するんだ 。果芯のぬたくり返しに蹴り上げられて叫んで腫らすよ っ
ぶら下がる交じる溶けている渇きは出来あがりなんだ 。
混じり合うだろう、肉液カフェ・オ
・レ・コンバーナ が 、
あの部屋にせまい
せまくない








(初出:「骨折りダンスっ第7号」)
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by ayamati-hirakawa | 2012-10-24 13:10 | 喜 詩 | Comments(1)


    攪拌、
           平川綾真智





剥かれた夜は終わることのない端まで伸びきる、視界が区ぎりとる一帯を
柔らかな厚さで、
籠めていく 。 寄りかかる体熱が欅の幹に
背肉の沸しと脊柱の凍てりを 私、という肉塊から
移せば、よじれた枝の一つひとつが 反り立ち、生気を撒き散らす。
粘りつく歯茎へ  、マイセンを当てる。
探り這っていく指のひら、が 子煤にまぶされる胸ポケットの中、
ほてりを孕んだオイルライター、と 圧縮へ座った儕手帳に触れる。
浮きでた静脈が肌を吸う、ふたつ、を夜の
中へ取り出すと  。
ほぐされた輪郭が芳漑烈な闇に
まざりあい、 境界と境界をなくし、 もつれあい、 ぬめかえった陰影を研ぐ、


唾液をひいたマイセンが唇の乾きを消していく。上げた線に眼球が蹴られ、
とらえた放射に散らされる裸枝は
。とてもしずやかに血流の拍を鳴らしつづける毛細でしかない
合間に、 編み込まれた半月の
丸みは樹肌の罅へ、滑り入っている。皮膚と意識嬾の
あいだを書きこむ重さが、融角質に、 膨れあがり私は 、
つくりあげた火筋をメモ だけ抱える、
朏手帳に 。点す 。 
まぶしつくされ翳る煤へと輝かしい濾しとる、凝固が
はみ出すことなく蜉溶鋳していく


今日 、
過去への日記を残さず焼いた。
しめやかな空気がえぐりとる焦げつもっていく熱気は眩い 。
滴りきった大火を、
根毛のはるか上に残して意識を切りとる気楼の揺らぎが
まぬがれることのない消え去る火咳が 沈んだ気配を、まだみなぎらせる。
還ることのない蝕みなんだ。啼音をたぎらせる痕をしごいて
踏まれつづけた鬱積が 。
おしなべる圧搾を這いつくすままに脆さは呉れ隠れもしない。
移る灯りから伸び満ちる煙は細ばんだフィルターへ、と
、濾過される
粘つく唾液が口腔にからみ、骸の私は浸され浅い。
切られた厚さが吸飲に増して、落とした線に凝集は澄み、
残され在る埋む灰の少ない、へと
。不安は 、肥える、
思い出を 全て 。貪って


もぎとられていく存在の繁りが衰えることもない腫れうずく力でみひらいた闇を目蓋へ、ひろげる。
晴れやかにひろがる重力が、燃え尽きた熱さをかかえる手帳の
焦げつき乱れる切片を てのひらから払い落として、えぐれた粒の中に
混じらせる。
制しがたい力は妨げられない 。 欅の枝は夜という夜を、
すでに肉体へと取りこみ、毛細血管褻の鳴らしを速め、沛一帯に、血液を
通わせている。 体熱が
幹筋に吸い引かれていく沸しと凍てりは飲みこまれる中、
途切れた脂を軟らかく吹き出し 網膜を月をライターを よじれた管のすきまへ、埋めさせている。
剥いた端が消す独立に 
はじかれそして籠められた 流体のない撹攘拌が
つよまる意識に完成するんだ。ほら 区切られた欅を見てごらん
不変の身体でしかないだろう 。しみ通らない皮膚に包まれ なくなる安堵が鼓動を置く 。
きれた煙草にソフトケースを溶け入る指肢でにぎり潰した 、
唇は寒く 
ゆるやかな艶をもった歯茎が しのびやかに、濁り透かされる。
喰い穴を絞めたポケットを抜ける書きこまれた筆圧だけは動きもしない。
研がれた陰影にこもることなく ひかれた一線が外界と外界を、ひきしぼる内界へ
溶け拡げ、澄んだのだ 。 
ほのかな始まりが私から幹の
肉体を揺らし掴みとり視界に灰を
消し去る 。
切りはなされていく見入る意識に膨れあがる体内が、
茂り、
安心してほしい 、
このまま、
不眠の夜が明けることはない









(初出:「「PoemRosetta vol.9」)
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by ayamati-hirakawa | 2012-10-24 13:07 | 喜 詩 | Comments(1)
 




  あたしの重力                        
                  平川 綾真智           
                                   
                                    
                                   
                                   
あくびに飲まれる部屋の膣から低い気圧が孕まれていった。
堕ろされる度に開いたままのベランダから捨てられて
今日 、 あたしは短い月を もらえない。
屈めた腰の深みになだれる
ペチュニアが貪婪なむさぼりを見ている
三角に、たたんだ せなかに
脹らみを固める体温の厚みが纏いを繋いで小さくする。
ニコレットを噛みしだいていく、と
入りこんだ夜の死骸が
詰め物の取れた奥歯に挟まって、きて
顔をあずけた右腕、の胸板の確かな呼応と灼いた委ねと
口腔から遮断する一切を 
皺だらけにして 、 
とどこおらせたんだ 

あたし
を脆弱にするな 。
染んだシートをやぶして、きちんと舌を覚えた 
覚えたじゃないか
あたしを脆弱にするなよ
唾液のちいさい沫を、混ぜ合わせた
羊水が腐る電圧に固定した、しつように束ねたつりさげた
しめつける巾にセスタを捻った摘芽のくぼみに佼体温がある。
よくすんでいる
よくふくんでいる
。転がる
とりのこされる
膝に、倒して 潰す。
いつも
絶対 。 だけが絶対にない


負けたくなかった 。
眠気が根づまりし続ける曇り逢うレキソタンを干す
サンフックピンチに嘔吐の時間が爪で咽喉を掻き開く。
あたし 、は
。あたしが絡むままでいた 。
醜い射精に美しくつながる、結び目は粘つき
ほどけるはずない
臼歯の中で薄い3ニコレットに 腐蝕を、塗る。
抜かれた削られた神経の形に 
はまった崑夜は燃やされ遺骨を
食道の粘膜に捨てる。 ペチュンのやわい葉先のたぎる
ざわめきの綿密な残灰にのぼり鮮やかな
排泄された血管を咲かせて
ひそむ 、 あたしの重力が、
棊時間を棊空間を引き寄せるんだ歪ませるんだ
忘れられていくを中絶する 。
この部屋の 、子宮から吐き出し逃れた低気圧が細い
、眠気の衛星をつかむ かさなりあっていく黒ずむ雲焚を
伸び続ける。性器が舌ごと貫く肌の上だけに生きているしかない
くり返される行為に 。
混ざる
雨、粒をすべて鉢からはみ出した
根と根、と根と根と根と根が
振動のなかで 。吸いつくしていく 、  








(初出「阿吽6号」)
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by ayamati-hirakawa | 2012-10-24 13:03 | 喜 詩 | Comments(1)
・2011年間詩誌評

「27×184×(2011-2010)」
                    平川綾真智




  誌は納骨される。投下された環礁鮒を陸棲で嗤う麺類として。バルトリン腺液に穿かれた手袋爬虫の公僕として。黒烏龍茶の消去痕へ交尾する名字箱として。耄碌していたリッジウェイ机が焼胎児させた給料として。いずれの場合も押し顰める、活きた金魚の皮膚は赤い。
  媒体潮流は消費社会の高度前提浸透や情報技術の瞬間的発達と共に多極化・細分化の臨界方性へと有機変容し続けている。大文字物語の老衰は直線的進化論を失効させ、解体され尽した社会構造基盤に小文字物語の連関集積壌延を上書きしたのだ。接続回路の全位置が内部となってしまった既出現代は自然進捗として分節的な周縁地局の無線客体達を有線装置区域内で意飜訳発見し始めていく。その発烙見途上で内包創出されていく主体達は半ば意識的に隣接往還の運動量を編成した奇
形アーキテクチャを嬖活用し、自己内でも有線文脈上の無線自己を認知獲得して主体強度の高幅に平衡含配を邁生賦していく。こうした中、作品発表の純粋技術は移動相互の簡便化依存に拘齲束された生活環境と有線言説の琺交錯から諸形態実践を引き出していき外部オブラートに過ぎない内部乖離を胞娩出する。そして垂直的隔絶のコンテンツ誤読は世代間混乱でしかない媒体偏認信仰を澑惹起し潤沢パッケージでの作品本質解像を遅滞させデジタルネイティブのアバター添付と特定個人の未来死滅として昊結実した。全位置内部時代における詩作品の集約システムは、しかし対峙再考される輦必要もなく疾うに印刷冊子形状の情報保障を秩序領野へと整備しつつ双方向性メディアの汎用敷衍を電子スペースへと展開醸造し瑯朖興動旋を夐促進していた。公的多元の柝括肯傾は厚精華作品を磁場に継配信されているPDF詩誌『四囲』『骨折りダンスっ』の瞬時拡散と爆発的浸透、受諾経遂からも明瞭に証露成視することが出来る。また紙肢体のアナログ白頬とweb上肢体のデジタル黒眼から顔貌の二重作動を基礎付けていく『そうかわせみ、』『EumenidesⅡ』『風都市』など両義同人・個人詩誌の数奩増加も顕鮮覗可能な踏越錘釋を裏打ちしている。鑑賞体験を即時にシェアするブラウジング端末と拡張媒介に過ぎない発語空間の可視化部位が作品媒体本質に持歪解釈されていた重偏性は詩作品自体の実績によって利要存請へと起傾斜し脈続されながらも盤石將土で再攫識されているのだ。前提組帆代に在居している作者達は『遠来』『臍帯血withペンタゴンず』『kader0d』『Aa』『水玉通信』『ねこま』『Dionysos』『ウルトラ』などを社会提示し、趨弩勢を肥沃再帰させ『歴程』や『紙子』『すぴんくす』『ゆんで』『スーハ!』『COALSACK(石炭袋)』『庭園』『4B』『幻竜』『洪水』などが更諮芽を幹腔に咲かせていく。詩の表記方法は〈二次元〉的な表現方法と相似しているため束表記方法だけで空間芸術となり得る。初出が広義ハッシュタグ形式だった作品『詩の礫』や成熟資本後の予見公器でもある『六本木詩人会』『現代詩フォーラム』『文学極道』『あをの過程詩集』など枠組み攪拌のシミュレート幾何は堅所属ではないインタラクティブ促加を定縣着させ時間員成に勃志していく。構造変容しようとも髄誌襍臓へと終わらずに媒介ではない媒体を牽猖獗するのは必ずトポロジカルな作品個体自身なのだ。
  現代詩壇の閉鎖性を廃棄し根源と先駆の最巨視展望を立創していく『現代詩手帖五月号・第五十四巻・第五号』は未曽有攫災への掩冠動盻に真なる挙向扈を踏掬している。須藤洋平氏の『密葬』は擲陥害襲の只中が連絡する奪甚された包摂彊と残樓されている包摂彊との受諾だ。惨禍形相に麻痺し立ち尽くしてしまいそうな被破砕の中で為された会話の帯日常性が感情と体温を呼滔覚させ沛霏地場へ主体の能動歩邁を指す。《彼女をおぶり避難所まで黙々と歩く。/乾いた風が肌を擦りひりひりと痛んだ。/不意に彼女、僕のあごをさすって、/「おんちゃん、おひげきもちいい?」》。自然環境は個人集合が営為を育む恒久的な地盤である。けれども集合個人達は実質、意志統制と包括からなる疑似環境に自己定義を得ている。一般的社会許容や寛容といった個人達の一部となっている疑似環境が地盤の盲目的狂威に剥取された後、刺直する壊滅氈から「僕」は適漑の方途念慮を失う。彼女を背負い避難所を目指す時も悴せた窶気流の衝曝へと僕は行分しつつ黙している。だが忽然と彼女が発した無邪気な問話に所作に自ら露接触している体温を感情を蘇環していく。厄難現実へ立足噛している自身を塑確認し途轍もない崩壊実環に自己を置くのだ。囲喪失と遺留存の圧縮事実を背中の微震と自体暮生へ諾引し決跣渡していくのだ。鎮魂と生証の発語は慈鋭崇に重く夥しく生生しい。須藤氏は被災死者達への悼みと原苦渋への悲しみを正面から悲しみ泥裡の縮減契向に血噴言を塗突していく。発症の荊境としての平常日を知る作者だからこそ捲皮の非常日は晒角に可能となる。複重基の命髄は密瀞膳を孕呵し勧覚心を梁住し脈臠蘗を注ぎ止むことなどない。
  総合月刊詩誌『詩と思想七月号・通巻297号』は社会性・地域性・国際性という三つの柱を中心に各世代の更なる広盛胎動へ向けられた芸術支体としての公器躍丗を具現化している。読者投稿作品ページに掲載されている黒崎立体氏の『休けい中』(伊藤浩子氏・選)は第三変質ゲゼルシャフトで私体が直面していく隔剄への盈俯瞰だ。換交する表面定石会話の惰指と殻答との抉関係から環境内個人の丹痣が囲逕庭踐を剝いていく。《お母さんが眠っているすきに/おとうとを/土に埋めてくればよかったと/後悔しているんです/と、言ったら、/目の前のこの人は/どんな顔で/わたしをきらいになるだろう》。人間が公的コミュニティへ参入進出していく折に位置付けられている社会役割への自覚は家庭内で培われてきた人間関係が基盤となる。この家族システムと言うフロントガラス越しに行使されていく自律機能は必ず子供の個性化過程に心理的な傷害事実を関与軣達させていく。特に母親は同性である娘を自分の延長上に感受し育成する傾向があるため、息女はアイデンティティ形成の段階途上で婦親者の理想像を強要され切離成長しながらも被虐繭の不定に絡溶されていく場合がある。一方、息子は異性である母親から夫では叶わなかった理想の男性像を強要され龕起に稷握緊されていく場合がある。また愛情方向の慈育対象として子供達は母親からアイデンティティ形成結果の分離個別化に到らないよう精神去勢され拗庇護寵愛されていく場合がある。母親が長男という存在で個体自律化を実践し長女という存在で投影支配を実行していく時、末っ子の次男は母親との愛着関係を感受し続ける過度寵愛事例に陥り易い。その類型派甎は父親が育児現場から喪失されていた時代の事壇に乗り深度の掀生出を今来へと累培する。《愛してる》《はただ垂れ流されて/誰もとがめない/殺したい》《と言えば/おおきな顔が/まゆをひそめる/どうしてだろう、どっちも/同じくらいの/凶器なのに》。仕事の休けい中に役割フィルターを着衣したままの「わたし」は投げかけられた表裏話題へ引線しながら応答していく。内容円は家族関係から離切することなく「わたし」は同じ流用対話を用いながらも傷害事実への抵触に気付きもしない相手との差異から体内濛判を再知する。早期潜在介入で境界肉に植腫された刀銃創は螢臍認された血液を滴らせ零れることもない。自我社会性は役割期待と役割取得程段階に出会った規範価値の多様瑞を結紿させ紲組織化し成り立っている。黒崎氏は自組織翳の呪腑を逸らさず捉え発達関係の臨床掩因に併嚼していく。両極域の内感情は同態であり家族を経験していく個人個人は非同態である。集団同一性が未だ継息している色調コミュニティで齎る同態錯覚は体護塗と内肥脈を廓膨し書換し得ない過去として括悟する作者に典精華槌を附すのだ。
  ことばを使用する全領域を横断し、接合していくヴァーバル・アート・ユニットTOLTA(トルタ)が製刊兌した中学生以上を対象とする文部科学省非検定教科書『トルタの国語‐冒険の書』(発行者:TOLTA、企画・構成・制作:河野聡子)は文化符号のシンタグム規則を逆転的に剔抉している。国語教科書というフォーマットは主体形成における伝達教育内の慣習秩序として踏襲されていく言語と日常的記号性を打破する詩作品側面として瀛営創莀されていく言語に共存鎮座し続ける本来的な背馳を細甚穆まで映出し、縫合されていた作品自体の圧縮視点を解放していく。イコノグラフィ継承からの配列齟齬は、ゲームソフト開発企業が初めてコンテンツの企画/制作を行い話題となった検定済の教材書籍をベースフレーミングに使用することで確然とした露膨に前景化されていく。清水あすか氏の『線を取られるとき。』は、密接している環境の外在性が中核的規定主体を相互拡張していく自己平衡への再認だ。夕景を進める山道上で増歩する毎に撓んでいく視覚と鋭がれていく他類受覚が「わたし」の観所有枠塊を解き、臨活している呼昃然との偏在往還に再識を繰る。主体存在が経験していく現実世界は、固有本質を律暢している直接的な所与などではない。現実世界の外界的/内界的実体とは知覚装置を介し現出する主観的な構成に過ぎない。人間という主体は主観領域を持続させ統合体として包迫縁周内に立息している儕対象それぞれを客観的な拘束へ捉理し秩序組織を編成している。この際に基礎観念となる個主体は自己が所属している社会共同体の相互作用から修得形成されていく過程視座の展開である。内界的自存在を外界的に鏡体経験していくことで特異性や固有性に意識獲得されていく本主体観域は一貫性を保持しつつも流動的能動性を兼備し経験刺激の反応に絶えず価値修正を褓行為しており、そのため丐盤診観は時空間へと緊接した居住生活環境から朕大な趨影響を附与されている。活動径路の配置局界へ帯状宵に散踏する時、その漑夷附与は各主体の同一性を内砌界から問い、領範囲勢調の佼再帰へと位置輪郭の距離境を撥混させ奔拡幅の愆先に主我禦臓を餝知覚していく。《何も言わない、何も出さない。そしてわたしの毛穴からはさっきまでにない、確かな木のにおいがするのだ。》所属共同体内に座る近辺山中の暮合を歩いている「わたし」は余光が薄れていくにつれ、規範分節されていた外殻区分を薄れさせ動作に自身を破線していく。響破線する他体刻物が集積を解体し再織況中流動に参加していくと、わたしの表面的新編は馴染んだ故郷の昜属性へと換変され存在は融解合の一部であるかのように向思考されていく。けれども意識集中の縁で起こった目蓋の開閉が身体輪郭から固有自己の領域を瞬間再認させ、わたしは微量を櫂対流したに過ぎない体躯自己の独塊に気付く。澄ませば別種有機の特性が確かに在るようになった孤肢体の枠を思認し、独塊を同じく立方させている共同体内の全客体を悟察仝して、わたしは線のやぶれやすい闇夜の山道を引き返す。形象融解を促す時泰に、わたしはわたしの創発欄在を構成から受継していくのだ。《在るものと在るものは線で成っている。そのことに頼り切って、平気で肩を手ではらう、》《そんな真っ只中に行ってしまっては、さすがに元の形に戻れない。山では線がもう何にも残っていない、色のひとつに練りまわされている。》主体存在の行動編成は文化的価値基盤の解釈表示から連展開され止むことなどない。生物外殻が区画する自己領域と接動併交している志向意識の主観的我領域は二項分離されることなく集団社会内文化価値に対象内省の行発創態を形磁成し再葺へ靤拡張していく。清水氏は客体嫉声の共鳴に訊耳身し照らし出される無意識所属の枠内同体へと展延されていた自構成の過程を歩推のまま掬趺する。通模倣形式の倍音が個体特性を選択させ点検させ変容させていく薫染郭は主体ひとつ一つを細胞とする社会生命での表出硯自露を開く。作者が生まれ育って来た八丈島という環境は腺導芯に燈火されテクノロジーコミュニケーションに培養される読手の幹腿崑を窃視するのだ。同一パラダイムを形成する機能等価原理は結合軸へと導かれ広がりを広げた楜墾賜紿を司り転生年麟の一端屆を始め産む。






(初出「詩と思想」2012年1・2月合併号)
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by ayamati-hirakawa | 2012-10-24 12:57 | 喜 詩 | Comments(1)


   はしゃがれる
            平川綾真智






ささやいていくただしい表情に目を 、ほそめていく
木の芽どきの冷たさをまだ明瞭に含み濁った空は
うすく削がれる陽射しを溢して
窪んだ雲へと、溜め込まれていく
ふやけるアスファルトの上、私、は
曲げた右手を息子に握られ跳ねられ引かれ乳歯を剥かれて
はしゃぎの笑いを投げつけられる
影は短く、少し傾き立った信号機が、青ランプ音を軋み流すと
私は自分の顔から消え去る、切られた笑顔の先を理解した

、歩道柵が纏い続ける、クリームペンキはささくれ、剥げ立つ
、盛り覆った新緑が、一枚いち枚垂れ込めて、背筋の脇へと擦り鳴る
跳ねるはしゃぎの声は増し、
右手の先で力んだ握りが横這う影をすべて踏む

あまりに 。 無垢に笑ってくるから
私は、こいつの声をむしった。
一片残さず私の笑顔は喰いちぎられたんだ全てこいつに
喉の奥先、突っ込んでいって声帯をヒダに粘らせ取ったら
深桃を潰した液が吹き上がり信号ランプは塗り染まり、赤い。
赤信号は、渡るといけない。 けれども渡れ と 、音が軋み来る
立ち止まらせた傾きの影に、はしゃぎは、強く、飛び跳ねる 。
そして投げつけ無言で踏むのだ
染んだなかへ  
と笑み入る無垢を
消し去る不安が、この世にない

アスファルトは背脇へ固まる。
ペンキの細かいささくれ剥げが乳歯の並びに連ね重なり
表情すべてを喰いぢぎっていく
伸ばされきった右手を握る握り、引く先は笑いを、肘から飛ばして
一枚ごとが舌峰になる木の葉に、唾液が、私を舐め取り寒い
。赤で、渡れない 渡れと、響く 
溢した雲は影を、濃く塗り、傾きに吹き上げ止まない液へと
横這い進んむ足元を 、笑顔で こいつが跳び続けるんだ 。
空も陽射しもちきりぎりにききって、
歯茎から濡れる爛桃を尖らし、とどめることもない明瞭な濁り、を、
いつまでも。 
含み 、   
無言で、 







  

(初出「詩と眞實」に加筆・修正)
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by ayamati-hirakawa | 2012-10-24 12:54 | 喜 詩 | Comments(1)


  長居煎氏の第二詩集「恋々マトリョーシカ」は、瞬間瞬間の清濁を剥く永劫への丸い刃だ。序詩から始まる26篇は、どれもが腐敗に齧られる社会への風刺に満ち、人間の存在的脱皮を促していく。
  人は産み出された瞬間まっさらな結晶であり純たる生命として、どんな芥からも隔絶されている。それは家族に、周囲に、有無を言わせぬ笑顔を湧かせて、変遷する時代の横暴を切り崩す輝きを柔和に発する。自らを思い返してみても、そこには嬉々と描き上げられた事実が確かなものとして立っている。しかし時間は非情なもので、結晶は規範に染まり人間へと濁ってしまう。すぐに朽ち果てていく強欲者が無垢を食らい続ける制度と構造の中に必ず落とされてしまうのだ。
  長居氏はレトリックを突き詰めトリックに発展させた多彩を使い世相の面を割いていく。産まれたばかりの我が子への愛情を砥ぎ石に、連綿と続いて来た不誠実を、斬り革命を叫ぶ。人間を脱ぎ革新を導くのは、一人でない強さの了承とも言えるだろう。


    「こどう/のなかの鼓動/とめどなく巡る/祈り/こえ/のそこの声/一夜で変わる/
    歴史」                                          
                                           (「恋々マトリョーシカ」)


  社会には父である自らも座っていたのかもしれない。その嘆息が見えるからこそ遊び心あふれる、氏の刃は鋭いのだ。


(詩と思想2010年6月号初出に加筆・修正)
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by ayamati-hirakawa | 2010-09-07 23:04 | 喜 詩 | Comments(1)


  1979年の第1詩集から2006年の第6詩集までを抄録し、エッセイ・解説を加えた文庫「野中美弥子詩集」は、主婦としての生活情念を最高峰の比喩で具現化する自立と成熟の視点の背中だ。日々を自身の役割の中で暮らしながらも、客観視的な批評に己を置き見つめ続ける在り方は、純然たる払えない畏敬を抱かせる。
  社会的性別役割へ疑問の念の欠片をも、持つことが許されなかった頃、主婦は「愛情と感謝」という非常に曖昧な報酬のもとで家事という労働を無限定に要求されていた。現在では様々な生活観念が存在するが、長く敷かれていた社会通念は未だ、崩壊するに至っていない。通念が確固だった時代、自分を奨励しつつ他者評価の中で過ごした主婦達は、その孤独を呟くことすら許されなかった。
  野仲氏の作品は、生活に密着した素材から的確な喩を取り出し、日常の不安感を痛烈に抉る。そして、エスプリを効かせることで悲劇的にも感情的にも決して偏らせることなく作者の場所を時代時代に掴ませる。すべては、比喩にするしかなかったのだ。


   「巻いてゆく日日の生活を/はがしてゆく日日の生活がある/夫の手が/子供たちの手が/
    無造作に引きちぎり/捨ててゆく 今/流されてゆく 今」
                                              (「トイレット・ペーパー」)


  詩集の後半、老いていく自身と対峙していく姿勢も、畏敬を確かにさせて太い。


(詩と思想2010年5月号初出に加筆・修正)
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by ayamati-hirakawa | 2010-07-15 16:05 | 喜 詩 | Comments(1)


  秋川久紫氏の第二詩集「麗人と莫連」は、切り開き続ける決断の足裏だ。「追憶」シリーズを主調として収載された29詩篇は、それぞれ離反的言語を使用しながら、冷徹なまでに自己の立脚する地点の分析を照射していて、その圧巻的なコントラストが破壊と組成を両立させる。
  巻き戻されていく記憶の中で焦出される複数の交点は、白眼視に満つ現実世界へ表現世界での作者の支配の根源を晒し、追究し続ける覚悟を焼き上げ具現する。麗人の光にこそ闇を見出し、莫連の闇にこそ光を見出し、猥雑な官能と痴情に身を置く是認は、その覚悟の中、前進し、獲得し、推移し、喪失する実存となる。
  秋川氏は第一詩集「花泥棒は象に乗り」において、自由に飛翔する恋愛作品群や先人のエネルギーを吸収した戯曲風詩篇群を編むことから、「ネガをポジに反転し」「生を肯定」する歩みを見せた。今回その歩みは転移し、ネガをネガのまま生を肯定している。


   「決して 届けられることのない/絵師や 物書きたちに/宛てた 誓いの付け文/
    配達人の住まない 浮世なら/まるごと愛そうか 毀してしまおうか」
                                               (「監獄序曲」)


  追憶の舞台ともなっている美術書の版元から本書が出版されていることも、効果的に作者の決断を鋭化し、切豪させていくのだ。


(詩と思想2010年4月号初出に加筆・修正)
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by ayamati-hirakawa | 2010-06-17 16:38 | 喜 詩 | Comments(1)